迷宮


 暗い回廊は、途絶える事など知らぬかのように、幾重にも枝分かれしながら広がっていた。
 まるで、迷路にでも迷い込んだ気分だ。三つに分かれた道のうち、一つを選べば行き止まりに行き着き、別の道を選べばそれはそれで更に枝分かれした入口に行き着く。出口など、見つける事すら出来ない。そして、ばらばらに飛ばされたらしい仲間の姿も、松明に照らされながらも薄暗い回廊の何処かに見出す事は出来なかった。

「どうなってんだろうな、この場所は。さっきからずっと似たような道ばっかじゃねぇか」

 前を歩いていたリューサが、怪訝そうに辺りを見回す。
 それでも視界に映るのは薄汚れた冷たい石の回廊だけで、生き物の気配を欠片も感じさせない。そのむっとするほどに息苦しい静寂さが、場をより気味悪く見せていた。

「って言うか、似たつくりになってるんだと思うよ。でも、これが廊下か何かじゃない事は確かだね」

 廊下ならば明かりくらいは灯すであろうし、窓の一つや二つ、あるものだ。もし、この場所が地下にあるのだとしても、明かり一つないというのはおかしな話だ。見たところ、廃墟と言うには壁の状態は綺麗な方だし、遊び心に作られた迷路と言うには不親切なつくりになっているからだ。

「確かにな……。なぁ、エフィー。ここに飛ばされる前、ガキの声聞こえなかったか?」

 言われて始めて、エフィーは当初気にかけていた事柄を思い出す。
 思い起こせば、このような状況になる前に知らない子供の声が広間に響き、それから暗闇に飲まれ飛ばされたのだ。声しかその存在を確認する事が出来なかったけれど、あの子供が全ての元凶なのだろうか。しかし、幼い響きを持っていた声の主の子供が、このような企みを起こす理由がわからない。それに子供にこのような大それたことが出来るのかも不思議だ。

「ああ、あれか。何だったんだろう。確か、のろまとか迎えがどうのとか言ってたよな?」

「あんまり遅いから、迎えにきたって言うてた気がするなぁ。オレ達が行こうとしてたのはラキアで、それを知ってたって事か? けど、ラキアにこんな場所があるなんて聞いてないし、そもそもあのガキが何者なのかも分からん」

 あまりにも突然すぎて、検証するにも情報不足が否めない。
 しかし、分かっている事柄が一つだけあった。

「宝捜しって、最後に聞いた気がする」

 ラキアに眠る宝。それはリューサが求めているものでもあり、彼の考えでは城を占拠した魔族も欲しているものだと言う。
 リューサの聞いた噂が本当なのならば、この場所には人にしてみれば至高の宝があるかもしれない。神話の上での話だと思われていた、命を司る輝石。英知の「青きグレンジェナ」。

「それ気になってたんだよな。……オレの完璧な考えが間違ってなければだなぁ、奴等オレ等にグレンジェナ探しさせて、横取りする気だ」

 それはリューサが魔族にさせようとしていた事。しかし、先手を打たれた今リューサにはどうする事も出来ない。双方ともあくどい事を考えていたのは同じだが、どうやら相手の方が一枚上手だったようだ。
 溜息をつくリューサを横目に、エフィーはそう言うことかと納得する。
 一瞬沈黙が流れ、それでも進む石の回廊はまだまだ途切れる様子を見せない。

「……あれ? でもさ、つまりあの声の主って魔族って事なのか?」

 リューサの言うとおり、彼らがグレンジェナを探させて横取りしようと言うのならば、エフィー達をこの場所へ飛ばした理由もつく。恐らく、ここはラキアの城内なのだ。知られていないラキアの地下迷宮。魔族達だけでは手に余る代物だったのだろう。だから、こうして敵であるエフィー達を城内に招きいれ、彷徨わせる。もし、偶然にも誰かがグレンジェナを手にすれば、後はそれを奪うだけで良いのだ。
 そう考えると、答えはあっさり出てくる。

「何だって!? まさか、オレ等を出し抜いたのが、さっきのガキで、そいつが魔族だって言うんか?」

「うん。考えてみればさ、辻褄が合うだろ? 年はともかく、魔族だからこれだけの力を持ってて、僕達を飛ばした。それで宝探しさせる。聞いた話では相手はたった二人の魔族だったんだろ? この回廊を見てよ。とてもじゃないけど、二人だけでしらみつぶしに探し回るには無理があるよ」

 この回廊に飛ばされてから、それなりの時間が経った。
 けれどエフィーはリューサ以外の人を見とめる事は出来なかったし、人の気配すら感じない。広間に集っていた傭兵達は、少なからず五十人はいたはずだ。それにも関わらず、一人にも出会えない。それは、この回廊の広さを物語っている訳で。広いからこそ、相手も色々と苦労していたのではないかと予見する。そして彼等が導き出した最良の考えは、エフィー達ラキアの人々を使う事。相手にしてみれば、恐らく傭兵など恐るに足らないものだと思っているのだろう。それ故の強引な手段。そう考えると、彼等の目的はあっさりと読む事が出来る。

「確かに、言われてみればそうかもなぁ。だけど、よりによって何でガキなんだよ。舐めすぎだろ?」

「そうは言われてもね。僕は魔族じゃないから知らないよ。だけど……、確かに舐められてるよなー」

 思わず喉を突いて零れた愚痴に、エフィーは溜息をつく。
 卓上で踊らされている気がするけれど、それでもこの場所を出なければ何も始まらない。もしくは、相手の思惑通りグレンジェナを見つけ、それを餌に相手を呼び出す事。そうすれば、エフィーがラキアに向かっていた目的の半分だけ果たす事が出来る。とりあえず、相手を倒せれば、それでこの場は収まるのだろうから。

「まっ! とりあえず進もうぜ。魔族のガキは見つけ次第、ぶん殴ってやる」

 意気込むように腕を振り回し、リューサは力強く前足を一歩、大きく踏み出した。
 そしてそのまま、足元を確認していなかった彼の体が大きく傾く。

「……え?」

 踏み出した先の足に大地の感触は伝わらず、虚しく空気を踏んだと理解した時には、リューサの体は深い闇の奥底へと落ちていった。同時に、耳を塞ぎたくなるような奇妙な叫び声が上がり、慌ててリューサを掴もうと伸ばしたエフィーの腕は、何もつかめないまま空振りする。
 城を牛耳っている魔族に暴言を吐いた事への報復か、彼は石の回廊の床にかなり広くぽっかりあいていた落とし穴に、吸い込まれるように落ちていった。

「り、リューサ……?」

 リューサの叫びが次第に遠ざかり、穴の先に彼の姿が見えなくなるまで、呆然とエフィーはそれを見下ろしていた。


◆◇◆◇◆


「……僕を殴るだって。面白い事言うね、このダークエルフ。こんな様じゃ、僕のところまで辿り着けないだろうに」

 王城の最高位の者が座るべき玉座に腰掛けていた少年は、手にした水晶玉を覗き込んで微笑んだ。
 明かり一つ灯さない玉座の間で少年はたった一人、水晶玉で地下迷宮に彷徨わせた人々を観察していた。迷宮に飛ばしたばかりの時、暗闇を照らす手段を持たない者は、心底怯え切り使い物にならそうだったので、再びラキアの砦に送還させた。しかし、魔術を扱える者や、松明を所持していた者は、アヴィスの思惑通り迷宮の中を彷徨いだした。そしてその様を、小さな水晶玉で映し出す。

「何せ迷宮の出入り口は僕が塞いじゃったからね。僕に会いたかったら、グレンジェナを見つける事だね」

 嘲笑うように、水晶で落ちて行く黒い男を見据え、蔑むように口角をあげる。
 暗闇の中、一人ごちに呟くけれど、アヴィスは王の間に一人で居る訳ではなかった。
 視線を部屋の隅の窓の下、深紅のカーテンに向けると、微笑を浮かべたままアヴィスは声をかけた。

「ずっとそんな場所に隠れてて、疲れたでしょう? 神界のお使いさん」

 静まり返った間に、アヴィスの幼い声が凛と響く。
 そして、やはり何の反応も無いまま、部屋は静寂に包まれる。けれど、アヴィスはカーテンから目を離さず、何かを待ち侘びているかのようにじっと待つ。すると、堪えきれなくなったように窓際のカーテンが風も無く揺れた。
 そして、姿を表すと思っていたそれは沈黙を守ったまま、空間を切り裂きその場から逃げるように去っていった。
 アヴィスはつまらなそうに溜息をつくと、再び水晶玉を覗き込んだ。

「上も下も、忙しい限りだね……」

 今度こそ独り言を零し、先ほど落とし穴に落ちていったらしいダークエルフと、もう一人。妙に興味を引かれる少年を水晶玉に映し出す。
 一人は完全に穴に落ちて沈黙し、もう一人はそわそわしたように穴を覗き込んでいた。
 ダークエルフは姿こそ物珍しいが、アヴィスにとって然程興味を引く事ではない。それよりも、アヴィスはこちらの一見何の変哲も無い、ありきたりな平凡すぎる少年に興味を引かれた。何故か彼が纏う空気は、アヴィスの知るものに良く似ていたのだ。それは普通の人に感じられる物ではなく、かと言ってこの少年がアヴィスの思う「もの」である訳ない。酷く曖昧で、上手く隠されている何か。けれどそれを知る方法は無く、近づいたとしても今以上の情報は引き出せないだろう。
 思えば突然「魔界に帰る」と言ったルシェールは、魔界に帰らねばならないほどの重大な事柄に遭遇したのだろうか。そしてそれは、この少年に関することではないだろうか。考えれば考えるほど、突然現れた少年が不思議な物に見えてくる。
 微かに、ちょっかいを出してやろうかとも思うが、それは持ち場放棄に繋がる可能性があるので、あえて危険な橋は渡らないようにする。この場所で待機してさえいれば、いづれ少年の目的は適うのだから。

(……まぁ、全部終わってからでも遅くは無いしね)

 今は見ているだけで良しとしよう。
 そしてアヴィスは水晶を間抜けな二人組から別で彷徨っている傭兵に映し代えた。






back home next