白と黒の狭間


 食堂にて配給された食料で簡単な食事を済ませ、エフィー達が部屋に戻る頃には既に就寝に丁度良い時間帯で、明日の予定を確認しながら各々乗っ取った寝台に腰掛けた。
 リューサは少し寝酒を煽ってから寝ると言っていたので、今は部屋にいない。騒がしい彼がいないので、部屋の中はかなり落ち着きを取り戻していた。ジュリアは絡まっていたらしい藍色の髪をくしで梳き、明日のための準備か、枕元には道中杖代わりに使っていた棍を置いていた。ラーフォスも小さな鞄に必要最低限と思われる道具やらを詰めている所だった。ジュリアは既に荷物の整理を済ませ、枕もとに棍と一緒に小さなポーチを置いていた。流石のジュリアも、あの大荷物を持っていく気は無いらしく、エフィーは内心安堵の息を吐いた。

「明日の早朝、同室の人と共に砦の前で待機だそうです。どうやら一人一人ではなく、数人のグループに分けて行動する感じになりそうですね」

 ラーフォスが食堂で配られた、明日の予定を記した紙を読みながらそう言った。

「同室? ……あ、そっか。大体部屋に四人から六人入ってるもんな。グループ行動するには丁度良いってわけだ」

 エフィーは納得してから、それぞれが別々の部屋でなくて良かったと思った。つまり、有無言わさず同室の者達で行動しろとそう言うことなのだから、やはり気心知れている者と一緒の方が良いし、後々面倒も無い。エフィー達の部屋はエフィーとジュリア、アジェルとラーフォスの一行の他にリューサだけなので、五人で行動する事になる。リューサは少なくとも悪人ではないし、性格も明るく話しやすいので、下手に気難しい奴と一緒よりは気も楽だ。

「そうですね。一人一人が部屋に集った所は大変でしょうけどね」

「はは、そうかも」

 他人事のように軽く笑い、ラーフォスは「見ておくと良いですよ」と、例の予定が版画印刷されている紙をエフィーによこした。まだ一度も目を通していなかったので、エフィーは渡された紙の文字の羅列を視線だけで追う。ラーフォスの言うとおり、明日の早朝、砦の前で各々準備を終えた状態で待機するようにと書かれていた。それ以外は、特に重要な事は書かれてはいないようで、エフィーは一通り目を通してから紙をラーフォスに返した。

「明日、体調が悪い人は砦の広場に設けられた場所で休むように、とも書かれてますよ。それから、ラキアで重傷を負った場合、すぐさま帰還するように、ともあります。まぁ、無茶はするなって事でしょう。後は……」

「そう言うの、明日またあのおしゃべりな王様から聞かされるだろうから、説明しなくても大丈夫だよ」

「それもそうですね。とりあえず、今日はゆっくりと休んでおきましょう」

 予定を記した紙を綺麗に四つ折りにし、鞄にしまいこんだラーフォスは顔を上げてエフィーに微笑みかけた。エフィーもやんわりと微笑み返し、自身の荷物整理に戻る。
 いつも使っている薄茶の皮鞄では少しばかりがさばるので、予備で持ってきた小さな布袋に必要と思われる物を詰め込む。怪我をした時の為に傷薬や包帯。それに渇いた布やら火打石。これは使う事なんて絶対に無いと思うけれど、一応念のためにとつめる。それから、少し考えて小瓶に詰めた油も一緒に入れておいた。必要最低限の道具を納めた布袋は、両手の平に納まる程度だった。これなら、腰に結び付けても邪魔にはならないだろう。
 最後に中身を確認して、エフィーは布袋の口を紐で縛った。

「そう言えば、リューサが探してるグレンジェナってさ、ロディと関係があったものなのかなぁ」

 答えを求める風ではなく、エフィーは独り言のように呟いた。
 するとエフィーの予想に反し、間をおかず答えが返る。声が聞こえた方を見やると、ラーフォスが記憶を辿るように瞳を細め、静かに口元だけを動かしていた。

「四つのグレンジェナは、その所在は誰にも知れていません。ロディさんが持っていたというグレンジェナは確か黒と言っていましたよね? リューサさんが仰ったグレンジェナは、行方を眩ましたままの蒼きグレンジェナです。つまり、ロディさんとは関わり無いと思いますよ。グレンジェナは、一つ一つに繋がりがあるわけではありませんから」

 宝玉の流した一筋の涙は、地に弾け四つの輝石を生んだ。宝玉の負の力を秘めた黒、正の力を秘めた白、命を司る赤、英知を司る青。宝玉から生じた輝石は、ばらばらに世界へと散った。輝石は繋がりも関係も持たない。大地にあたり砕け散った時に、涙は別々の個体に転じたのだ。
 確か、アジェルはグレンジェナは人の体と同化すると言っていた。ならば、青きグレンジェナは誰かが保管していると言う事なのだろうか? つまり、ラキアで不自然に長く生きている者がいれば、それが必然的に輝石の保持者になる。だけど、リューサは未だ誰にも見つかってはいないと言っていた。つまりそれは、保持者のいない輝石と言う事なのだろうか。それとも、輝石自体この場所にはないのだろうか。

「そっか。でも、魔族がそれを探してるって事は、結構大事なんじゃないのかな」

「言われてみればそうよね。グレンジェナって、蒼き宝玉の一部みたいなものでしょう? そんなもの探し出して、何するのかしらね」

 だんまりを決め込んでいたジュリアが口を挟み、新たな疑問に頭を唸らせる。
 考えたってわかりっこない。魔族の考えている事など、エフィーには理解できないし、また目的に関しても全て憶測でしかない。

「やっぱり、永遠の命が欲しいとか……? まあ、僕らはグレンジェナ探しに来た訳じゃないし、とりあえずラキアでの買出しを一番に考えないと」

 もっと現実的に、考える事があるのだから。防寒具を一式揃えるための出費やら、山越えに必要な物のリストを作るとか、やる事も少なくは無い。何よりも、レイルの行方を捜さなくては行けないのだから。ラキアに来れば情報程度集められると思っていたエフィー達は、とてもそんな状況でないこの国の厄介事に巻き込まれたに過ぎない。だからこそ、更に厄介事を増やすような物とは関わらないのが得策だ。グレンジェナなんて手に入れようとは思わないし、永遠を望んでる訳でも無い。エフィーにとって、グレンジェナは興味こそ惹かれても、それ以上は無いのだ。

「でも、出来れば賞金は欲しいな……」

 脳内でおおよその出費を計算し、その金額を思うと思わず溜息が出そうになる。折角、頑張りようによっては賞金が頂けるかもしれない機会があるのだから、明日は明日で頑張ってみようと、そう心の中で思うエフィーだった。最も、頑張った所で思い通りにいくとは思えないのだけれども。

「ねぇ、エフィー。前から言おうと思ってたんだけどさ……。そうやってぼーっとしてる時に出納帳つける癖、やめてよね。まだ買っても無い物書き綴ったりとかも」

「え……?」

 言われて初めて、エフィーは自身が手にしていた物に気付く。
 頭の中で考えていたつもりだったが、いつの間にか鉛筆と出納帳で両の手がふさがっていた。更に、脳内で計算した金額まで、律儀にも枠からはみ出ないよう丁寧な字で書かれている。無意識下の内の行動に、エフィーは苦笑いを浮かべていそいそとそれを皮袋にしまった。

「そう言えば、アジェルも随分遅いな。散歩してくるって言ってたけど、まだ戻ってこないのな」

 リューサと分かれた後、円形に続く廊下の途中でアジェルが不意に「散歩してくる」と言って何処かに行ったまま、まだ帰ってきていないのだ。それなりの時間はたったし、そろそろ戻ってきてもいい頃合だ。しかし、しんと静まり返った廊下からは足音一つ聞こえない。
 今まで部屋に蝋燭で灯りを灯し、談笑していたから気付かなかったけれど、闇夜に包まれたこの砦は不気味だ。窓も少なく、回廊に灯された蝋燭の火も微かで、足元まで光が届かない。薄暗くしんと静まり返り、隙間風が不気味に音を奏でる様はまるで廃墟のようだ。とても、一人で散歩する気にはなれない。

「確かに遅いわね。でも、アジェルの事だから、きっと外でぼーっとしてるんじゃないかしら。何処かの誰かさんみたいに、無意識に事務作業なんてしてないと思うわ」

「それは関係無いだろ。まぁ、別に危ない事も無いし、気にしなくても大丈夫だよな」

 少なくとも、アジェルは心配されるほど病弱と言う訳ではない。見た目は線が細く軟弱な印象を受ける彼だが、一行の中で最も手が早く、身軽さを武器に立ち回る。細い腕のどこにそんな力があるのかと思うのに、ラドックと対峙した時など、アジェルは一撃で相手をのした。あえて、酔っ払いに絡まれたとしても、心配すべきは絡んだ方だろう。どう見ても体術など得意ではなさそうなのに、それでも彼は喧嘩慣れしている節があった。時々、本当にエルフなのかと疑いたくなるほどに。

「そうそう、もう少ししたら帰ってくるよ」

 気楽な声で言うジュリアに同意し、エフィーも心配する事をやめた。
 彼がぼんやりしている事は少なく無い。もう少し待っていればそのうち帰るだろうと結論付け、エフィーは片付けた荷物を寝台の横に下ろした。






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