森の村


 しとしとと、降り止む事を知らないように、透明な雫は空から零れ続ける。
 どれほどの時が経っただろうか。ジュリアは食堂の窓辺に腰掛けて、外を眺めていた。
 森の村についてから、二日が経とうとしていた。
 雨は止む気配を見せず、空は暗雲に包まれたままだ。
 うんざりするほどの雨音に、食堂の机にもたれかかっていたエフィーも溜息を吐く。
 エフィーとジュリアは、昼食をとった後部屋には戻らずに、ぼんやりと雨が上がるのを、窓越しから覗き見ていた。一番初めに部屋に戻ったのは、相変わらず素っ気無いエルフで、ラーフォスは横になると言って、つい先程食堂を後にした。

「雨、やまないね。レイル探さなきゃいけないのに」

 こんな場所で道草を食っていては、見つかるものも見つからなくなってしまう。
 宿の主人にレイルの事を尋ねたが、最近は村に立ち寄ったものはいないとの事だ。アーシリア大陸からこのルーン大陸に来る定期船は、月に二度だけだ。つまり、レイルは船で移動していないらしい。
 考えられるのは、エフィーのように翼を持っていて、それで大陸を横断したかだ。勿論、その場合はかなり距離が離されてしまっているだろう。
 そうなれば、探すのは難しくなる。
 どの道、目的地が分からないのでは話にならない。だが、南に向かうと言っていたレイルは、恐らく王都に立ち寄るだろう。確信ではないが、この大陸で他に行く場所は無い。

「この大陸は雨が多いのかな」

 嵐のように激しく降っている訳ではないが、それでも風は強く、冷たい雨に打ち付けられては長くは行けない。
 雨に打たれて無理をして進んでも、体を壊すだけで良い事など一つも無い。
 とりあえず、エフィー達は次の目的地を王都ラキアに決めた。
 この大陸で一番栄えている、巨大な都だ。三千年の歴史を持ち、独特の魔術学校があるらしい。この大陸がルーン大陸と呼ばれるのも、豊富な魔術の知識を持つ王都ラキアが存在するからだろう。
 と、そこで厨房から宿の主人が恰幅の良い体をゆすりながら出てきた。

「いやいや、この季節だけですよ。それにしても少し振りすぎですね。これじゃあ、長老様も暫くは帰って来れないだろうなぁ」

  テーブルを拭きにきた宿屋の主人が、二人の会話に答えた。食事の後片付けをしたので、テーブルの上はスッキリとしている。主人は台布巾でテーブルを力を込めて拭き始めた。力が込められていたので、テーブルが少しだけ動く。

「長老? どこかに行ってるの?」

「ええ、王都に呼び出されましてね。どうせまた樹海の道の舗装についてでしょう。もう帰ってきてもいい頃なんですが、なんせこの雨でしょう? 帰るに帰れないんでしょうよ」

 小規模とはいえ、村の長老ともなればそれなりに忙しいらしい。王都に呼び出されるのも良くある事らしい。
 エフィーはまるで自分たちと同じように足止めされている、会ったことも無い長老に同情した。

「でも、降りすぎですな。多分、西の亡霊が呪いをかけてるに違いありませんよ」

 退屈そうに、髪の毛を指で絡めていたジュリアが、興味を持ったように顔を上げた。
 どうやらオカルト好きなこの少女は、亡霊と言う単語に反応したらしい。

「亡霊?」

「あぁ、この村にある有名な話でな。大地の亡霊が夜な夜な森を徘徊してるって噂だ。そして恋人を奪われた憎しみで、人を呪っていやがる。そのせいで、この村には誰も寄り付かなくなったんですよ。まったく迷惑な話だよ」

 そう言って、主人は樹海の西方を忌々しそうに眺めた。
 どうやら、噂にしては随分と反感を買っているようだ。

「長老の命令で、西南の森には近づくなと言われていてね。おかげで噂の元を確かめる事も出来ないんだ」

 主人はそれだけ言うと、テーブルを拭いた台布巾を洗うために、食堂へ帰っていた。
 再び二人きりになったエフィーとジュリアは、お互いの顔を見合わせた。

「変な噂ね」

 西南の森と言えば、王都ラキアへ向かう道があるはずだ。
 この樹海は、東の雪山から続く巨大な川が横断している。だが、川はこの季節の雨で氾濫を起こす事も多く、ラキアへ向かう道はいくつか用意されているのだ。勿論、川に掛かる橋も、決して一つではない。
 エフィー達も、雨さえ降っていなければ、今頃橋を渡っていただろう。
 恐らく、これだけ雨が降り続けば、川も一つや二つは氾濫している可能性が高い。その場合、ラキアに向かうには南西の森を迂回して行かなくてはいけないのだ。
 面倒事が増えそうだと、エフィーは雨を恨んだ。

「どうせただの噂だよ。僕らはラキアに行ければそれでいいんだから。……とりあえず雨が上がるように、てるてる坊主でも作ろうか?」

 あまりに暇だったので、エフィーは傍にあったメモ用の紙を二枚千切った。
 一つはくしゃくしゃに丸めて、もう一つの紙でそれを包む。中身が零れないように、首のあたりを捻り固定させると、二枚の紙は小さな人形の形を象った。
 さらにエフィーはメモ用紙の隣にあった筆ペンで、人形の顔の部分に目らしきものと、歪んだ口を書き加える。
 ジュリアが横目で見ていると、エフィーは得意そうにてるてる坊主らしきものをジュリアの目の前に差し出した。

「これで明日は晴れだ」

 わざとらしい笑顔を浮かべ、得意げな子供のようにエフィーは言った。
 ジュリアは、数回瞬きをしてから、おかしくなって笑ってしまった。

「へたくそ」

 ジュリアは窓際から降りて、紙を二枚破ると、エフィーと同じ方法でてるてる坊主を作りだした。その指使いは器用なもので、エフィーは思わず魅入っていた。エフィーよりも丁寧に作られたてるてる坊主は、売り物に出来そうなほど可愛らしく仕上がった。
 二日目、外は相変わらず雨。
 宿の食堂の窓に、二つの小さなてるてる坊主が飾られた。
 一つは歪んだ笑顔の、頭が少し曲がっているてるてる坊主。もう一つは、綺麗に作られた、頬を赤く染めた誰かに似ている、てるてる坊主だった。
 何となく、エフィーは明日は晴れる気がした。






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