航海


 大分陽も落ち、吹き抜ける潮風が冷え込み始めた頃、エフィー達は船室に戻ってきた。
 客船といってもこの船には個室は無い。
 無駄に広く、いくつかの二段ベッド以外何も無い部屋にみな好き好きに転がっていたり、座って談笑していたりと、かなり粗野な感じだ。もっとも、この船に乗る客は大体が旅人なので、雰囲気的にもそうなってしまうのだろう。
 時々、商人らしき人も見かけたが、周りと大して変わらない。ご大層な金持ちの商人ならば、自身の船を持っているのが普通なので、そう言うものはまずこの船には乗らないのだ。
 エフィーは周りを見渡した。さっきまでだるそうに、すみで横になっていた少年が見当たらない。

「アジェルは?」

「さぁ、外にでもいるんじゃないかな」

 広い部屋とはいえ、外が冷え込んだため戻ってきた他の客たちで足の踏み場も無いほど密集している。気分が悪いと言っていたアジェルが、むっとするほどの熱気のこもったこの場に留まっているとは思えなかった。
 案の定、いくら見回してもその姿を見つける事は出来なかった。
 エフィー達は比較的空いている部屋の隅に移動するとようやく腰を落ち着けた。

「なぁ、レイルって神族なんだろ? なんで、いつまでも地上界にいるんだ?」

 やはり唐突に、エフィーはぼやくように問い掛けた。
 荷物を整理し始めたラーフォスは、その手を止める。ジュリアも、壁に寄りかかりながら興味津々にラーフォスを見た。
 今までに似たようなことをアジェルに聞いたが、返ってきたのは曖昧な答えだけだった。

「レイルは……半神族なんです。古代神の御子であることに変わりありませんが、彼には確かに地上人の血が混じっています。それ故に、空に還れないのでしょう。もともと、彼に還る気はありませんでしたが。アジェルは何も言っていませんでした?」

「いや、聞いてない。そもそも、封印の森はなんなんだ?」

 父の手紙には、封印の森へ行けと書いてあった。そして「彼女」が導いてくれると。だが、その「彼女」であろう古代神はすでにその場にはいなく、森で会ったのは無口なエルフ一人。その口からは何も語られないし、エフィーも聞くことを半ば諦めていた。

「封印の森は、昔古代神が堕天して行き着いた場所だと聞いています。そして彼女はひっそりと地上人と共に暮らしていた。その中で、村長ゲイルと結ばれてレイルが生まれました。古代神は、堕天した身。つまり天の犯罪者です……。それ故に他の神族から身を隠していました。だからこそ、自身と御子達を守るためにエルフと力を合わせ森に封印の結界を施しました。封印の森と呼ばれるようになったのは、それからです。昔は、蒼き静寂の森と呼ばれていたようです」

「堕天?」

 不意に、ジュリアが疑問をもった。
 神族の中でも、屈指の巨大な力を持つという古代神が、堕天する理由が分からなかった。

「彼女は、決してしてはいけない事をしてしまった。だから、他の神族に追われる身となったのです。……そしてレイルも」

 まるで全て見てきたように、ラーフォスは話した。
 物語を話すようでいて、それでも拭いきれない違和感。前にも感じた事がある気がした。

「ちょっと待って、それじゃあレイルを探しても私達は神界に行けないんじゃ?」

 鋭く感づいたジュリアは、ラーフォスに問い掛けた。今の話では、まるでレイルが地上界で右往左往しているみたいだ。そして何故、レイルは村から出て行ったのか。何故アジェルが探しにきているのか。矛盾だらけだった。

「確かに、レイルを探しても貴方たちに利益は無いでしょう。彼は半神の身ですから、神族のように何でも知っている訳ではありませんし」

「えぇ!?」

 信じられない言葉を聞いたように、一瞬驚きの表情を浮かべてから、がくりとエフィーは肩を落とした。ジュリアも残念そうに視線を落とし、溜息を吐いた。帰れないリスクを負ってセレスティス大陸を出たというのに、これではただの無駄足だ。
 怒っていいのか悲しむべきなのか分からずに、二人はただ閉口した。

「そう、落ち込まないで。確かにレイルでは貴方方を神界に導いてはくれないかもしれませんが、彼の追っている『刻人』なら貴方たちを神界へ連れて行く事が出来ます」

「刻人?」

 どこかで聞いた言葉だ。エフィーは一時の間を置いて記憶の糸を手繰り寄せる。
 そう、確かアジェルが神界への道を繋げられるのは神族と刻人だけだと言っていた。刻人とは一体何なのだろうか? エフィーは期待を込めた双眸でラーフォスを見つめた。

「ええ、空間を渡り歩く時空の使者であり神の眷属でもある刻人です。先日レイルに会った時に、彼は神界へ行く方法を探していました。目的が同じなら、そのうちレイルにも会えるでしょう」

 つまり、アジェルの望みもエフィーの望みも似たようなものなのだと言う事だ。
 二人はぱっと嬉しそうに顔を見合わせた。
 先程までの沈みようが嘘のようだ。

「そろそろいい時間ですし、夕食でもとりに行きましょうか?」

 一日何もしないで船の上にいるだけだが、やはり育ち盛りの少年は空腹を思い出した。
 ちょうど隣の食堂から良い香りが漂ってくる。
 部屋を見回すと、先程までの半数以上がいなくなっていた。恐らく食堂にむかったのだろう。
 エフィーはさり気なく間を置いてから、「そうだね」と答えて立ち上がった。
 ジュリアもそれにならって立ち上がる。
 ひとまず話を中断した三人は、揃って食道へと向かっていった。






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