闇の中
深淵の闇から薄く消えかけていた意識が次第とはっきりしていく。
随分長い事、彼女は眠っていた。ゆっくりとまぶたを開くと、辺りは暗闇に覆われた場所だった。
横たわる体を起こすと、彼女は久しぶりに世界の空気を吸う。
微かに潮の香りが漂う。足場は酷く不安定に揺れていた。彼女は今自身がいるこの場所が船の上だと理解した。
彼女は自らの足で立ち上がった。あまりに久しぶりすぎて、歩く事すら忘れてしまったように、少しふらついたが何とかゆっくりと歩く事が出来た。暗闇の中、彼女は手探りに外への道を探す。それはすぐに見つかった。暗闇に慣れた瞳が、扉から零れる僅かな光を映し出したのだ。彼女は誰にも気づかれる事無く「外」へでた。
まだ早朝と呼ぶにも早いくらいだ。空は暗く、東の果てから薄っすらと光が見える。彼女の視界に飛び込んできたのは青。見渡す限りの青い海と光を境にした水平線。空は物憂げに灰色を映しているが、海は鮮やかで心癒されるような光景を醸し出していた。
――何処に行くのだろう?
ふと彼女は疑問を持った。
目覚めたばかりで、自分が何処に行くのかも分からない。
彼女は甲板の先端へ向かった。途中誰にも会うことは無く、見られる事も無い。
まるで、仕組まれているかのようだ。
先端にたどり着くと、果てしなく広がる海の果てに、見覚えのある大陸が見えた。緑の豊かな、未開的な大陸。人々がルーン大陸と呼び、軍事力の栄えた世界でも屈指の巨大な国家が存在する。
彼女は純粋に驚いた。
あまりに懐かしくて、霞がかった記憶が蘇る。
――あそこには彼がいる。
焦がれ続けたあの人が、そこにいるはず。
会いたくてたまらなかった彼が、きっと待っているはずだ。会いに行こうか?
だめだ。まだ彼には会えない。約束を果たしてはいないのだから。
彼女は寂しそうに微笑んだ。
遠い昔に告げた誓い。だが、約束は果たされていない。だから、会う事は出来ない。
彼女は再び眠りにつくことにした。
今はまだ「時」ではないのだから。
再び暗闇の底に意識を戻そう。
誰も知らないうちに――。
朝焼けの訪れと共に、彼女の意識は深い深淵へと戻っていった。