三つの命令
力を失った宝玉。
地上界以外の世界で、その話を知らない者はいない。
遥か昔に起こった、人と神との戦争は元を辿れば一つの宝玉が原因とも言われていた。
神は世界を創造すると同時に、世界と同じ色をした宝玉を創り出した。
宝玉には森羅万象の力が込められ、神すらも凌ぐ巨大な力が、その小さな蒼き宝玉に存在した。
神族は宝玉を平和の象徴とし、神々の塔の最上階に飾られた。
人は、神の恩寵と宝玉の力に守られ、自らの文明を築きながら進化していった。
約束された平和は、いつまでもあり続けるはずだった。
一人の人間が、宝玉に魅せられ、盗み出してしまうまでは……。
神の逆鱗に触れてしまった人間は、謝罪をするでもなければ神に反旗を翻した。
それが、神話の終わりを表す、宝玉を巡る戦争。
悲劇はそこから始まった。
◆◇◆◇◆
「何で、宝玉を奪うんだ? その世界は平和だったんだろ?」
港町デューベルの宿屋で、そうそうは見られない鮮やかな紫銀の髪を持つエルフの、めんどくさそうに話す神話を聞いていたエフィーは、話を遮り質問した。
「知らないよ、力が欲しかったんじゃないの?」
先ほどから繰り返される光景。
そろそろエルフの表情は固くなりつつある。
「力ね、何に使おうとしてたんだろ……。それに神族も一々そんな事で怒るなよ」
「俺に言ってもしょうがないよ。そういうのは本人に会って言ってあげたら?」
「だって、会えないじゃないか。手掛かりも無いし? 何処に行くかも分からない」
デューベルに滞在してから三日目の昼。
エフィーたち一行は、これからの目的地を探すために情報収集をしていた。
エフィーの見た神族かもしれない金髪天使だけでは、これからの進路を決めるには情報不足だった。
探し人のレイルは、見た目はエルフと変わらないそうだ。
アジェルが言うには、緑色のバンダナをしているらしい。
だが、それだけでは何万と同じ情報の人物がいる。ましてやエルフは緑を好む。その色の装飾品を持っていたとしても、情報としては役に立たない。
情報収集は一時中断して、話し合うために宿に戻ったはいいが、今度はエフィーが神族についてアジェルに質問ラッシュをかけた。
突然のその様に、始めは簡潔に説明していたアジェルだが、そろそろ何とかの緒が切れ掛かってるらしい。
もともとめんどくさがり屋らしく、説明も適当になっているのが目に見えて分かる。それでもエフィーは質問を止めようとはしなかった。
二人の同じようなやり取りを、部屋の端でジュリアは橙色のジュースを飲みながら眺めていた。
特に話しに参加しないのは、ジュリアが気になったことを片っ端からエフィーが質問するので、口を割ってはいるまでも無いかららしい。
めまぐるしく変わる質問内容もそろそろ本題に触れるときがきたようだ。
「分からないから、話し合うんだろ……。第一、神学には詳しいんじゃなかったの?」
呆れたように、冷めた視線でエフィーを見る。
エフィーは万弁の笑みを浮かべて、「まさか」と答えた。
「僕が知ってるのは、神族の命とか力とかそういうの。神話なんて、殆ど聞き流してたし、そんなに詳しく教わらなかったから」
エフィーの住んでいた翼族の村は、素朴な生活の言わば田舎だった。
図書館や資料館などは無く、学校がある訳でも無い。
村での生活が勉強のようなものだ。
対して知識と伝統だけはセレスティス大陸一だった封印の森出身のアジェルは、そういった類の神話や伝説に詳しかった。
そして、古代神の末裔がいたということもあり、神族の事にも詳しい。
エフィーから見れば聞くとすぐに答えが返ってくる便利な辞典のようなものだった。
もちろん、そんな事を言えば蹴り飛ばされるのが落ちだろうが。
「もうそれはいいよ……。それより早く目的地を決めないと。時間の無駄になる。それに、また厄介ごとに巻き込まれたくないし」
只でさえ三日間も無駄にしているのだ。
アジェルとしてはさっさと面倒のあったこの街から出て行きたいらしい。
二日前、町についてすぐにエフィーは賊に攫われた。
何とか窮地を脱したものの、また誰かに見られたかもしれない。
よく考えれば、港からこの宿まで飛んで帰ってきたのだから。
今、無事でいるのが不思議なくらいだ。
「でも、賊はアジェルが自警団に引き渡してくれたんだし……この街もそんなに危険じゃないんじゃない?」
あの後、一人残ったアジェルはどういう方法を使ったかは知らないが、賊を一人残らず自警団に引き渡してきた。
お陰で礼金も貰え、ジュリアとしては一段楽した感じだった。
「賊はもう心配ないけど、少し気になることがあってね……。同じ場所にはいないほうが良いと思う」
ここ数日、アジェルの様子は日々変わっていった。
少しは心を開いてくれているらしく、表情も穏やかになったが、何か考え込んでいるような感じがする。
一人で何処かへ行ってしまうこともよくあるし、気付くと帰っていたり。
三日目になる今日は、朝から出発しようと言い出した。
ジュリアとしては、何かおかしな感じが拭いきれなかった。
「とにかく、明日にはこの町を出る。支度は今日中にしておきなよ」
それだけ言うと、アジェルは部屋を出て行った。
少し怒気が混じっていた言葉。
何にいらついているのか、残された二人には分からなかった。
「また行っちゃった……。何か最近いらいらしてるよね。そういうのって、身体に悪いのよ」
冗談交じりにジュリアは呟いた。
「そう? 初めからあんな感じだと思うけど」
「そうかな? 何かぴりぴりしてる感じだよ。ま、支度でもしておく? でも、どの道行く場所なんて分からないのに」
話し合ってもしょうがないのはジュリアにも分かる。
何を、そんなに焦っているのだろうか?
急いでも、急がなくても結果は同じような気がする。
「支度も良いけど、ついでだからちょっと外に行かない?」
思い出したように、エフィーは呟いた。
買うものはもう無いし、特に用があるようには思えないが。
別段、ジュリアも用事があるわけではないので、「いいよ」と答えた。
アジェルが出て行った半開きのドアから、二人は外へと出かけていった。