白い翼


「エフィー、コッチにもお店があるよ」

 元気な声を発してジュリアは大量の荷物を持って今にも潰れそうなエフィーへと手を振った。
 目を回しそうな表情でエフィーはそちらに走り寄っていくが、途中でこけた。
 デュ―ベルについてからというもの、水を得た魚の如くはしゃぎ回るジュリアに少年二人は振り回されていた。
 予想していた以上に広いデューベルの港町は、見た事もないような物が沢山売っていた。セレスティスの常識しか持たない三人にはどれも新鮮で好奇心をくすぐる物ばかりだ。特にジュリアは買い物好きで、先ほどからアクセサリーなどを見ては嬉しそうに笑う。最悪な事と言えば、これ以上荷物を増やされる事だ。荷物もちをしているエフィーにとってそれはかなり重大な事柄だ。

「すごーい、見て見てこれ火もないのに光ってる」

 ようやく一軒の店の前で立ち止まると、ジュリアは店先に飾られていた小瓶を指差した。
 小瓶には何か緑色のコケのような物が入っていて、仄かに光を発していた。白昼でなければもっと良く光るだろう。

「いらっしゃい、そこの可愛いお嬢ちゃん。それは東の洞窟でしか取れない珍しい光コケのランプだよ。今なら特価で銀貨五枚でどうだい?」

 商人特有の[珍しい]という言葉にジュリアは心引かれていた。
 もともと衝動買をよくする性質なのだ。
 ましてや可愛いお嬢さんなどといわれては思わず顔が綻んでしまう。

「銀貨五枚かぁ……」

 銀貨五枚だとだいたい三食分の食費にはなる。
 迷ったように首をかしげると後ろからようやく追いついてきた少年二人に意見を仰いで見た。

「ねぇ、これって便利そうだよね?」

 今度はお財布と相談を始める。
 そんな事をしても結局いつも買うということは明々白々だ。

「光ゴケ? まぁ、みの虫よりかは役に立ちそうだね」

 以外にアジェルが賛成してくれた。エフィーは険しい顔で小瓶を睨みつけている。

「エフィー、そんな銀貨五枚程度で厳つい顔しないでよ」

 ジュリアは呆れたように笑うと、店のおじさんに銀貨五枚を手渡した。

「まいどありっ!!お嬢さん可愛いから飴玉をおまけしとくよ」

「っあ、ありがとう」

 小瓶と飴玉の入った袋を渡され、頭を撫でられたジュリアは引きつった笑顔でそう言った。確実に子供扱いされていた。

「ジュリア、たかが銀貨五枚だと思っても少しずつの節約が大切なんだ」

 恨みがましくエフィーが説教を垂れた。
 そう、この少年は見た目の穏やかさを裏返して極端にドケチなのだ。
 村にいた時は貯金箱を六つ分溜め込んでいた。

「分かってるわよ。私だって新世界に来てまで無駄使いはしないわ。でも、これって絶対に役立つと思うし、ね?」

 小瓶の入った袋を鞄にしまうと、ジュリアはまた先頭を切って店を回ろうとした。
 が、ソレは途中で止められてしまった。

「ジュリア、珍しいのは分かるけどまずは宿を探さないと」

 至極真面目な意見でアジェルはそう言うと、きた道を引き返そうと言った。
 今までの道にも宿屋は沢山あった。この商店街を突き進んでも恐らく何も無いだろう。
 無駄足を運ぶ前に、ジュリアを止めてくれた事をエフィーは内心感謝した。


◆◇◆◇◆


 宿は戻る途中にあった三件目の宿屋でやっと確保できた。
 三件目になった理由は、一軒目はいかにも高級と言った感じでエフィーが断固拒否し、二件目は満員だった。
 そんなこんなで三件目の割かし普通の宿に落ち着いたのだ。
 あんなに街を物色したがっていたジュリアもすっかりリラックスモードで、部屋の窓側のベッドで転がっている。
 エフィーは嫌な事に出納帳をつけだした。どうやら意外と律儀な所があるらしい。

「ねえ、盗賊を追い払ったのはいいけど、エフィー飛んじゃったんでしょ?」

「あぁ、その事。俺も気がかりなんだよね……。口止めもしてないし」

 一人くつろぎモードに入っていないアジェルが荷物を整頓しながら返事をした。エフィーは気まずそうにそそくさと部屋の隅に移動した。

「もし、この大陸に翼族がいなかったら大変だね」

「確かに僕が悪かったよ、でも仕方ないだろ」

 隅っこで小さくなっていたエフィーが背を向けたまま呟いた。流石に罪悪感があるようだ。
 ジュリアはベッドから身を起こすと、ミストを持ち上げた。

「これも奇妙つったら奇妙よね。ドラゴンなんてそこら辺にいるようなもんじゃないし。まぁ、コレはトカゲに羽が生えたようにしか見えないけどね」

 ミストは言っている意味が分からないのか、嬉しそうに声を上げた。所詮は爬虫類だ。

「エフィー、一応気を付けたほうが良い。もし賊達がこの街にいたら……結構ヤバイから」

 感情こそ含まれない声色だが、その表情は深刻そうだ。
 寡黙な少年があえて忠告した事を破ったのだ。軽く見て良い事柄ではないようだ。

「早めにこの街を出たほうが良いかな」

 アジェルはそれだけ言うとその場から立ち上がり、部屋を出て行こうとした。

「どこに行くんだ?」

 不思議そうな顔をしてエフィーが訪ねた。
 もう買い物は十分した。食料も水も旅の基礎となるモノは揃っている。今更外へ出かけても何も無いだろう。

「当初の目的……」

 一言、呟くように言うと、有無言わさず部屋から出て行ってしまった。
 当初の目的とは一体なんだっただろうか?
 新世界やら賊やらで色々と混乱していたためエフィーはソレが何だか思い出せなかった。

「あ、そっか。レイルって人探しに行ったのかな?」

 ジュリアが思い出したように相槌を打った。
 アジェルの目的はレイルを探し出す事だと言っていた。
 つまり神族である人物を。
 思い出したように納得すると、エフィーはアジェルの後を慌てて追った。

「僕も一緒に探してくる」

 慌しく部屋から出て行ってしまった。
 一人残されたジュリアは「若いわね」と呟くと再びベッドへと横になった。柔らかな感触に思わず意識が遠のきそうになる。
 ミストは気持ち良さそうに既に昼寝を開始していた。
 外はそろそろ朱に染まりかけた時刻だ。一眠りしても食事の時間には十分間に合うだろう。
 そう意識してジュリアは静かに瞳を閉じた。
 大して長い距離を歩いた訳では無いが、それなりに疲れていた。
 これからまた旅立つのだから、休める時に休んでおこうと遠くなる意識で自分自身に言い訳をする。
 静まり返った部屋に、柔らかな風が入り込んできた。
 一階の玄関口では丁度、アジェルを追ってエフィーが出て行くところだった。
 騒がしい夜の時間に刻々と近づく空は、鮮やか過ぎるほどの朱に染まっていた。






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